人的資本開示が進む時代に


  

FFSデータを活用した人中心経営のあり方を考える

人的資本」という言葉を目にすることが増えてきました。中長期的な企業価値の向上には、人材戦略が欠かせないという見方はもう当たり前のものとなっています。投資家の企業の見方も、持続的成長に関わる要素が重視されています。

とはいえ、「人的資本と言われると難しい」「どういうことをやるのかイメージがつかない」という方もいることでしょう。昨今の流れとFFSデータの活用可能性についてまとめてみました。

■重視度が高まる人的資本経営

産業構造の急激な変化、人生100年時代の到来、個人のキャリア観の変化といったなかで、企業の持続的成長のためには人材の活躍が欠かせません。むしろ従業員をないがしろにするような企業は顧客からの信頼も得られず衰退していくという見方が強まってきました。

つまり人材の重視度は企業成長の判断要素として重視されるようになってきたのです。人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営は、人的資本経営と言われています。

  • 人は「資源」ではなく、「資本」である
  • 「管理」するためにマネジメントをするのではなく、「価値創造」のためにマネジメントをおこなう
  • 企業は従業員を囲い込むという発想ではなく、企業と従業員はお互いに選び選ばれる関係にある

といった変化が、人的資本経営実現のためには求められています。企業の競争優位の源泉に欠かせないものとして捉えられているのです。

人的資本は何で構成されているのか、どうやったら高められるかという点で、1つの決まった項目があるわけではありません。たとえば、従業員の人数そのものも1つの構成要素ですが、人数が多いからといって価値創造が進むわけではありません。

人の定着率、多様性、エンゲージメント、また時間生産性なども関わってくるでしょう。そもそも人件費が過剰にかかってしまっていたら、経営としての持続性が危ぶまれます。逆に、コストをかけずに採用が非常にうまくできているとしたら、人的資本の向上が見込まれます。

■人的資本開示の流れ

昨今、こうした人的資本の開示に対応する企業が増えてきています。この背景にある流れを少し見てみましょう。

欧州ではすでに2014年に、従業員500人以上の企業を対象に「社会と従業員」を含む情報開示を義務づけています。そして2019年に国際標準化機構ISOが人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO30414)を運用しはじめました。

また米国では2019年にサステナビリティ会計基準審議会が、人的資本の領域について重要項目の開示を要求しはじめました。さらに2020年には米国証券取引員会が、人的資本に関する情報開示を義務化したのです。

日本でも、2021年6月にコーポレートガバナンスコードが改訂されました。

  • 中核人材における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標の開示
  • 中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性をふまえた、人材育成・社内環境整備方針の開示
  • 自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識した、人的資本投資等についての開示

といった項目が追加されています。こうした指針に沿って情報開示を行う、あるいはISO30414の項目を活用して情報整備をはじめている企業もあります。

■企業価値向上と連動して人的資本情報を扱う

ポイントは、開示のために整備するのではなく、企業価値向上のために活用し、その結果を公開していくことです。たとえば、従業員満足度データを開示の1つに使うとしましょう。「全体の満足度を開示できればいいから」「ちょっと数字が低いから来年は何とか10ptあげるようにしてくれ」と扱ってしまうと、断片的にしか指標を扱えていません。

  • そもそも企業成長にとって従業員満足度はどういう関係性があるのでしょうか。
  • 従業員満足度は何によって構成されると捉えているのでしょうか。
  • もし設問内容を「仕事内容」「働き方」「職場環境」といった観点別にわけているとしたら、全体の数字だけではなく、それぞれの数字はどうだったでしょうか。
  • 部署別、チーム別で見たときに、残業時間傾向や離職率、メンタルヘルスの割合との相関性はどうでしょうか。

このように、今の数字の良し悪しだけではなく数字の背景を捉えていくことが重要です。経営戦略と連動した人材戦略を持ち、価値創造の観点から数字向上の意味をきちんと押さえていきます。

■FFSを活用した人的資本経営

FFS理論は、経営戦略と人材戦略の連動を具現化する1つの方法として有効です。かつ、定量で示せますので、人的資本開示の一部に使うこともできます。

人的資本経営を進めるためにまず重要なのは、経営戦略に基づく人事戦略の設計です。人を価値創造の源泉として捉え、人の力を引き出すためにどのような施策や環境整備をおこない、具体的にどのような指標で現状を把握するか。ここに一貫性があることがどの組織でも必要になります。

経営戦略に基づく人事戦略の設計において、たとえばどのような基準で人を採用し、どのように組織設計をするかに、FFS理論を活用できます。実際に、自社の社員特性のポートフォリオをFFS理論に基づき整理して採用人材の幅を決める目安にしている会社や、組織改編時にFFSによる組織編成理論を使って調整している会社もあります。

FFS理論は人の個性を5つの因子に分類します。

また、人の力を引き出すための施策としては、1on1で個性を生かした活躍を支援するアプローチや、部下特性を把握してマネジメントできるような環境整備がFFSを使って進められます。たとえば何も手掛かりがない時にはマネジャーが自分の個性を基準に部下マネジメントしてしまった結果、タイプの違う部下が消耗してしまうこともあるでしょう。

FFSデータが手元にあると相手に合わせた接しかたの調整ができます。余計なコミュニケーションの行き違い、それによる人の活躍低下を防ぐことも企業価値創造の土台づくりには欠かせません。

さらに、FFSの考え方が社内の共通言語になると、人事戦略の一貫性が伝わりやすく、従業員にとっても自社の人材戦略が理解しやすくなります。人的資本開示が求められるのは、多様なステークホルダーに向けて。従業員もそこに含まれます。

従業員が理解できるものこそ、対外的にもわかりやすい情報と言えるでしょう。人的資本開示をせねばと気負うのではなく、自社の人材戦略をどのように一貫性をもって実行し、それが伝わる状態にしていくか。FFSを活用した取り組みは、その一助となるのではないでしょうか。

(参考情報)

https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/seminar02.pdf